




作家名 妙永寺圓岸
作品名 木版画 『佛足跡圖』
略歴 宝暦六年(1756)重刻
本図は、唐から東大寺に伝わった佛足跡図を越前の天台寺院妙永寺の圓岸が印施したもの。
価格 50,000円
詳細 紙本着彩揉紙表具
総丈 タテ138.5㎝ ヨコ35㎝
本紙 タテ76㎝ ヨコ24.5㎝
状態 良好。
TEL.0743-56-3630
〒639-1116 奈良県大和郡山市伊豆七条町211-2





作家名 利井鮮妙
作品名 ≪複製品≫ 一行書 「聞思莫遅慮」
略歴 利井鮮妙(かがい せんみょう) 天保6年(1835)~大正3年(1914)
浄土真宗本願寺派の学僧。摂津東五百住(大阪)の生まれ。諱は顕好、鮮妙。号は如々、赤愚、雙
非坊。諡は専精院。兄は本願寺派の執行長を務めた利井明朗。藤沢東璟に漢籍を、行照と僧亮に宗
学を学び、のち松島善譲の指導を受ける。明治4年(1871)常見寺の住職となり、同7、8年(1874、
75)頃同寺内に私塾専精舎を開設し、同15年(1882)兄の明朗とともに行信教校を創設、後進の指
導に従事した。同29年(1896)勧学となり、同33年(1900)西本願寺の安居で『愚禿鈔』、同41年
(1908)安居では『安楽集』を講じた。
著書に『宗要論題結択篇』十巻、『愚禿鈔講録』二巻、『行信乙丑篇』のほか多数ある。
価格 40,000円
詳細 紙本絹装丸表具
総丈 タテ190.5㎝ ヨコ46㎝
本紙 タテ131.5㎝ ヨコ31㎝
状態 オレアリ。









作家名 夏目漱石画 ≪複製(手彩色)≫
作品名 『青嶂紅花図』
略歴 夏目漱石(なつめ そうせき) 慶応3年(1867)~大正5年(1916)
小説家、英文学者、俳人。江戸牛込馬場下(東京)の生まれ。名は金之助。俳号は愚陀仏。二松学
舎で漢文学を、成立学舎で英語を学んだ。その後、大学予備門科を経て、第一高等中学校本科(予
備門を改称)に進学した。学生時代の同窓生である正岡子規に漢詩や俳句などの文学上の影響を受
けた。帝国大学英文科卒業後は東京高等師範学校教師、東京専門学校講師、愛媛県尋常中学校教師
を歴任する。また、子規主宰の運座に加わり、熱心に句作するようになる。漱石は写生句に加えて、
漢詩・古典趣味の感覚的・絵画的な蕪村調が試みられた。さらに自己の内面を機知や洒脱をこめて
主観的に表出する暢達な句風に、独自性を示した。明治33年(1900)英国に留学、帰国後は再び教
職を務めた。同38年(1905)『吾輩は猫である』を俳句雑誌「ホトトギス」に掲載し、文名を得た。
同40年(1907)朝日新聞社に入社する。傍ら、小説の執筆を行った。大正5年(1916)病状の悪化
により『明暗』の執筆途中に自宅で死去した。終始句作を続け生涯にわたる俳句は二五〇〇句ぐら
いに達している。「人に死し鶴に生れて冴え返る」「菫程な小さな人に生れたし」「有る程の菊抛
げ入れよ棺の中」
著書には、『吾輩は猫である』『坊ちゃん』『草枕』など多数ある。
注記 本画幅は、岩波書店所蔵の『青嶂紅花図』の複製品に桃とみられる紅花に手彩色を加えた
作品である。この作品の出所については、『漱石全集月報』に「津田青楓が手彩色した大
塚巧芸社版がある」ということから、この画幅はそれに相当すると思われる。
価格 380,000円
詳細 絹本絹装丸表具
総丈 タテ203㎝ ヨコ45㎝
本紙 タテ131㎝ ヨコ32㎝
桐合箱
状態 少シミアリ。







作家名 出所・作家不明
作品名 木版筆彩色金泥 『二河白道図』
略歴 二河白道(にがびゃくどう)
水火の二河の中間に足幅ほどの白道があり、絶体絶命のものが東岸(穢土)より西岸(浄土)にわた
ることを意味する譬喩。唐の僧善導大師が、『観経疏』散善義の廻向発願心釈の条で、念仏生活の過
程を説明するために用いた。
群賊悪獣に追われる旅人の前に南北に広がる波浪の水の河と火焔の火の河を人間の貪愛と瞋憎の煩悩
に、その二河にはさまれて東から西にのびる幅四、五寸ほどの一条の白道を極楽浄土への往生を願う
清浄の信心に喩えたもの。いかに煩悩にまみれても、白道を進めば阿弥陀仏の西方浄土に至りうるこ
とを説いたもの。
価格 120,000円
詳細 尾張藩御用絵師の喜田華堂(1802~1879)の描いた本画をもとに版におこしたものと考えられる。
紙本紙装丸表具
総丈 タテ123.5㎝ ヨコ59㎝
本紙 タテ47㎝ ヨコ53㎝
状態 オレ、表具少虫穴アリ。






作家名 香誉祐海
作品名 『勧修百万遍十界一心願生西方作福念佛図説』
略歴 祐海(ゆうかい)天和2年(1682)~宝暦10年(1760)
浄土宗の僧。奥州岩城(福島)の生まれ。号は拈蓮社香誉信阿。字は祐海。24歳で布薩戒を授かり、
増上寺で修学を重ねた。伯父にあたる増上寺第三十六世顕誉祐天の遺跡を残したいとの思いから、
住職になった善久院に祐天寺の寺号を許可され、祐天を開山として自らは二世となり、阿弥陀堂建立
をはじめ境内整備に尽力した。
裕海が制作したとされる。「作福念佛図説」は画上部に「當曼中臺三尊略相」として当麻曼荼羅が
画かれ ている。阿弥陀三尊の仏前に上品上生が画かれている。中部には「寶池九品生略」が画かれて
おり、 蓮池の中央から右に上品中生、中三品、中央から左に上品下生、下三品と画かれている。
蓮池の 中央 には蓮の花の上に「心」の文字が画かれており、その茎が下部の「円頓観心十界図」に
続いている。 蓮の茎を追っていくと増上寺第三十六世顕誉祐天の名号「南無阿弥陀仏」(模写した
もの)に繋がっており、「願往生」とさらに下に円形の二河白道図に繋がっている。円形の上部は
白道、下部は此土 が画かれている。円形の中央に「一心」の文字があり、白道から此土(現世)さら
に十界へと各線で繋がっている。下部周囲の「十界図」は右上から順に佛界・縁覚界・天界・修羅界
・餓鬼界・地獄界・畜生界・人間界・聲聞界・菩薩界が画かれている。
価格 600,000円
詳細 木版筆彩著色、仏菩薩金箔貼付。紙本紙装丸表具、軸先銅に鍍金。祐天寺蔵版印施とアリ。
総丈 タテ132㎝ ヨコ36.5㎝
本紙 タテ62㎝ ヨコ25.5㎝
状態 表具上部少虫穴




作家名 出所・作家不明
作品名 木版筆彩色 『涅槃図』
略歴 涅槃図
仏教の始祖、釈迦が中インド拘尸那掲羅(くしながら)郊外の跋提河ほとり、沙羅双樹の樹の下の
宝床上で、八十年の偉大な生涯を終え、周囲に集まる多くの弟子や菩薩・鬼神・動物などの深い悲
しみの中で入滅、涅槃に入らんとする情景を描くもので、図中に、涅槃の釈迦を中心に四双八本の
沙羅樹のもと、多数の会衆、動物、さらに画面向かって右上部に、忉利天より急ぎ飛来する仏母摩
耶夫人、仏涅槃を報らせ先導する阿那律、さらに沙羅樹の枝に鉢多羅の包みを描いている。
価格 80,000円
詳細 金襴緞子上表具三段装金具付
総丈 タテ63㎝ ヨコ34㎝
本紙 タテ24㎝ ヨコ27㎝
状態 良好






作家名 大行寺蔵版
作品名 木版画 『佛足石正圖』
略歴 信暁(しんぎょう) 安永3年(1774)~安政5年(1858)
江戸後期の真宗仏光寺派の学僧。美濃不破の生まれ。諱は信暁。号は実解・曇蔵・歓喜庵・円満寺
など。諡は仏心院。美濃の大谷派長源寺に生まれ、同派の僧として得度。京都に遊学中、西本願寺
十九世本如の知遇を得、円満寺の号を許される。文政2年(1819)仏光寺二十三世随応に迎えられ、
山内に明顕寺を再興して入寺。さらに二条秋築町に大行寺を開創、40年学頭に任ぜられる。随応・
随念・真達の三門主の師範を務め、仏光寺派を代表する学僧とされていた。著書には『三帖和讃歓
喜鈔18巻』『教行信証講釈15巻』『山海里36巻』など多数ある。
大行寺蔵版 信暁の洛陽長谷山大行寺什物仏足石寄附奉加記より
価格 120,000円
詳細 絹装に改装
総丈 タテ185㎝ ヨコ70㎝
本紙 タテ108.5㎝ ヨコ54㎝
状態 良好(少一部本紙欠)


作家名 出所・作家不明
作品名 多色摺木版画 『毘沙門天像』「福徳自在」
略歴 毘沙門天
仏教における天部の仏神で、持国天、増長天、広目天と共に四天王の一尊に数えられる武神であり、
多聞天または北方天とも呼ばれる。また四天王としてだけでなく、中央アジア、中国など日本以外の
広い地域でも、独尊として信仰の対象となっており、様々な呼び方がある。日本においては、「五穀
豊穣、商売繁盛、家内安全、長命長寿、立身出世」といった、現世利益を授ける七福神の一柱として
信仰されている。
価格 20,000円
詳細 紙本絹装丸表具金具付
総丈 タテ65㎝ ヨコ21㎝
本紙 タテ34.5㎝ ヨコ14㎝
状態 少シワ



作家名 弘法大師御作(印板)
作品名 木版墨摺 『三面大黒天像』
略歴 焼山寺
徳島県名西郡神山町下分字地中にある高野山真言宗の寺院。四国八十八箇所第十二番札所。
摩盧山正寿院と号する。本尊は虚空蔵菩薩。
寺伝によれば大宝年間(701年 - 704年)、役行者が開山し、庵を結び蔵王権現を祀った。のちに
弘法大師(空海)は、神通力を持ち火を吐いて村人を襲う大蛇がこの山に棲んでいることを聞き
退治に向かった。大蛇は全山に火を放って妨害したので摩盧(水輪)の印を結びながら進むと、
山頂の岩窟に閉じこもって抵抗した。そこで虚空蔵菩薩や三面大黒天に祈願すると大蛇を岩窟の
中に封じ込めることができたため、そのお礼に虚空蔵菩薩を刻んで本尊とし一寺を建立したという。
価格 35,000円
詳細 紙本紙装丸表具 、「焼山寺」の朱印あり。
総丈 タテ119㎝ ヨコ39㎝
本紙 タテ66㎝ ヨコ29.5㎝
状態 表具上部虫穴



作家名 長塚節
作品名 自筆草稿複製『佐渡が島』
略歴 長塚節(ながつか たかし) 明治12年(1879)~大正4年(1915年)
歌人・小説家。茨城の生まれ。正岡子規に師事し、伊藤左千夫らと『馬酔木』を創刊。
明治41年(1908)『アララギ』の創刊に参加し同人となる。以後作歌より散文に力を注ぎ紀行文
『佐渡が島』が注目を浴びる。また、長編小説『土』を朝日新聞に連載。万葉集を研究し、子規に
ついて忠実に写生の歌に励み、鋭い観察から生まれる観照の境地に至り独特の声調を残した。
代表作に『羇旅雑詠』『鍼の如く』などがある。
価格 8,000円
詳細 紙本紙装丸表具
総丈 タテ104.5㎝ ヨコ45.5㎝
本紙 タテ25.5㎝ ヨコ34㎝
桐合箱
状態 良好